注連縄(七五三縄)とは何か? -3
◎日本民俗事典 大塚民俗学会編 S47弘文堂
しめなわ 注連縄
特に神聖な場所を限り他と遮断する縄。標縄とも書く。種々の形式がある。
新藁の端を少しずつ残して綯い、その数を七・五・三とするために七五三縄とも書く。
内と外を区別し、出入りを禁ずるために境界に張って神聖の表示とする。今も村境に引いて、外から悪気が入らないようにするところがある。
群馬県赤城山の西南麓地方では村境の注連縄を「八丁じめ」といい、その外に出る時は用心してものを言えと言った。
平常も張っておくのが普通であったが、村祭りや正月に張る所が多い。
それも後で取除くことをせず、放置しておくために、古いものは腐朽に委せた。
やがて神社の入口または屋敷の入口に張ったり、さらに本殿の前とか家の戸口に張るようになり、今は神社でも神前に張るように、家でも神棚や床の間に張るようになった。
南伊勢から志摩地方では境内の入口、鳥居などに一年中張ってあるし、個人の宅でも、特に神職とか祭りの当番の屋敷の入口などに年中を通して張っておく。
ことに神前とか幣物を入れた唐櫃などには注連縄を張り、個人の宅でも神棚や霊屋など多くは一年中張ったままにしておく。
南勢地方の民家では新しく葬式を出すまでは除去せず縄の数で不幸のなかった年数が分かるという。それも町屋では年々正月に新しく取換え立派に飾ったものとした。
ことに近畿地方では新年の注連縄に農具や産物を模したものを吊って、農作業を祝福した。 (原田敏明)
注連縄(七五三縄)とは何か?-2
◎ 平凡社 世界大百科事典
『しめなわ』
神域など神聖な場所を限って不浄悪穢の侵入を防ぐ縄。標縄、七五三縄とも書く。記紀では〈尻久米縄しりくめなわ〉〈端出之縄しりくへなわ〉と書かれている。
《万葉集》の歌にも、一定の区域を占有・隔離する意味でシメという言葉がすでに用いられており、〈標〉のほかに〈印〉〈縄〉などの文字が当てられている。
シメは占め〈占有〉の印であり、印之あることによって占有の状態を示したものである。
神域に張られたしめ縄は、いわば神の〈結界占地〉を標示するものとなっている。
民俗のレベルにおいても新年に村境や門口に張ったり、神社や神木、磐座などに張るなどしめ縄の登場することは多いが、いずれの場合も、なんらかの意味で内と外を区別するものである。
ふつう内側は浄域、外側は不浄域あるいは俗域と考えられている。
朝鮮のクムジュル〈禁縄きんじょう〉をはじめ東南アジア一帯にもしめ縄に類する境界標示装置が見られる。
[朝鮮] 朝鮮ではクムジュル(禁縄)、ウェンセキ(左縄)などとよばれ、主として中部以南地方にみられる習俗で、稲作文化の文化要素として日本の例と共通する点が多い。
通常の縄とは逆に左よりになわれ、紙や帛、枝葉などがつるされる。
家庭では子どもの出産後、3週間までのサムシンハルモニ(産神婆)をまつる期間に家の大門や戸口に張りめぐらされ、男児の場合には唐辛子や木炭、女児の場合には紙、松葉、木炭などをつるして、喪礼中の不浄な者の侵入を防ぎ、火と食物の持ち込み、持ち出しを禁じる。
牛馬や豚などの家畜の出産に際しても同様の儀式を行う地方もある。このほか、家庭や村での巫儀や告祀など重要な儀礼を行う際にも張りめぐらせ、同じく呪的効果をもつ黄土をまくこともある。
村の祭りの祭場となる神木や祠の周辺、祭官の役目を行う人の家などでもしめ縄を張りめぐらされ、やはり黄土がまかれる。
つづく…