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一昨日から婆たぬきが、ずっと股関節が痛い痛いと言って呻いていました。
そこで昨日、小転子・大転子あたりから10秒から20秒位、三元エネルギーを入れてあげました。
本日、会っても何も言わないので、
「股関節はどうなの?」と
聞いてみると、
「あれ何も痛くない。昨日まではずっとあんなに痛かったのに・・・。」

施術に対する認識は、ほとんどの方が、こんな感じです。
治って当たり前。

自然に治った。(治るわけないでしょ!!)
或いは、悪いときのことをすっかりと忘れてしまっている。
感謝も何もない。
でも、それでいいと思っています。
痛い、苦しい、動くことが出来ない。
そんな苦難を知らないうちに乗り越えている。
それでいいと思っています。

なかには、感謝の気持ちをずっと持ってくださっている方もみえます。
15、6年前から同じく股関節の骨がつぶれて、医者から手術を勧められてきたNさんは、
手術をすることなく元極功法のみで、少々足は引きずってはいますが、痛みもなく生活してみえます。
いまだに、時々、「どこそこのお土産です。」と
1人住まいの私を気づかってくれています。

ところが、婆たぬきは、どうでしょう???

 

元極功法

中国元極功法二部 「元極修真原理」

法訣
心印応明鏡 信定持以恒
徳養浩然気 正身滅無明
観訣除百病 念化動静生
悟定通霊妙 性命同帰根
無人無我地 一字放光明

増田
中国から「てい」先生 と「おう」通訳のお二人をお迎えして元極の修真原理、法訣についてご説明をして頂きます。
お二人は私が元極を始めました20年くらい前に日本に来て頂いていろいろ教えて頂いた、てい先生は私の兄弟子にあたります。てい先生は元極支部の副会長をずっとやってこられました。中国一の大きな支部で、会員数は約10万人くらいの会員を束ねてやっておられたわけです。

1999年に法輪功事件があって、元極の普及が不可能になったので、その後は主に点穴、今回も時間をとってやって頂きますが、てい先生は14,5才の頃から45年ぐらい気を使ってツボからエネルギーを入れて経絡を通して病気を治すということをやってこられました。達人の域に達しておられる方です。

今から法訣についてご説明を頂くわけですが、その前に一つ皆さんにお伝えしておきたいことがあります。それは今まで伏せておりましたが、昨年の12月3日に張先生がお亡くなりになりました。それから一月も経たないうちに、あそこにも写真のあるお母さんが97才でお亡くなりになられました。これはどういうことかというと、先程言ったように中国国内では、元極功法を広めることが出来ないような状態になっていましたので、神界の方に行かれて、そこから実質的に我々に対してご指導、あるいはお導きを頂くことを選択されたということです。元極功法で難病と言われるような病気を自在に治せるお力をもっていらっしゃる訳ですから、ご自分の病気を造ることは容易いことです。

ただ、残された我々は元極の教えをしっかりと守り、発展させていかなければならないと思っています。

元極秘録の中に「修行を積み、創新と突破に努めること」という一行があります。これは、張先生のお母さんが、張先生に繰り返し繰り返し諭して、聞かせた言葉です。それを忘れないように伝統を守って、新しいものを作り上げていく、これを我々もしていかなければならないと思います。今日は是非しっかりと勉強して皆さんの力をつけていって頂きたいと思います。よろしくお願いします。

てい先生
今日ここで日本で元極学を頑張っていただく学友の皆さんとお会いできて大変嬉しく思っております。増田先生と20年前に知り合いまして、私も増田先生と同様に張先生の弟子として頑張ってきております。張先生は亡くなられましたけれども、文化財産でもある元極功法を残して頂きました。我々はこの功法に沿って続けていくのが使命であります。

今日は二部功法の修真原理について説明させて頂きます。教えるというよりも、皆様と一緒に、ここで修練していきます。増田先生もいらっしゃいますので、お互いに切磋琢磨という形で頑張っていきます。元極学の二部功法は「鴻蒙済判法」と言いますけれども、非常に大切な部分であります。一部功法は、天・地・人が生まれるという段階ですが、二部功法「鴻蒙済判法」は、一部功法を基礎として、その基礎のさらに一歩上に成り立っている功法であります。

一部功法の人、天地の上で、二部功法では、日と月という段階です。所謂真の陰と真の陽が生まれる段階であります。二部功法の具体的な修練の方法としては、中丹田、命門、中黄庭を修練します。皆様ご存じだと思いますが、人間は生まれながらにして先天の三元をもっています。それがだんだん成長するに従って、先天のものが少なくなってきます。そして我々の後天の修練によって、天地の気を体に吸収して、気を補います。

常に静功という形で自分のエネルギーを体の中で調和させます。それによって体内では、元光が生まれてきます。二部功法では、太陽と月のエネルギーを吸収して、身体の中で真陰と真陽に生まれ変わって、気を補足します。こういう後天的な修練によって、消耗している先天的なエネルギーを後天的なエネルギーが補います。

中国の歴史の中では、徳を持っている仏教あるいは、道教のある方が、非常に重視しているのが胎息です。世の中で生き物として長生きするのは、亀と蛇です。長生きできる理由は、亀も蛇も両方ともの太陽と月のエネルギーを常に吸収すると考えられています。亀の生習慣は、昼は太陽の気を吸収して、夜になると月の気を吸収します。旧暦の1日と15日のように、太陽や月のエネルギーが大きい時に、ほとんどの亀たちが出てエネルギーを取っています。そういう太陽と月からエネルギーを取ることを錬丹とも言います。

二部功法では、陰中陽と陽中陰を修練しますが、その中間に中黄庭が有ります。陰中陽、陽中陰は丹田のところを言います。元極で言いますと、丹田に錬丹する。中国では、落宝と言います。元極では錬丹と落宝と言いますが、皆さんご存じだと思いますが、道教の方では、昔から錬丹という功法があります。それが、深く修練されている方は初めて錬丹に至る所です。

仏教で言いますと、舎利を修練すると言います。相当高い段階、相当修練されている段階、舎利の処まで行きます。こういう修練の方法論としては、中国では、功法は教えますが、原理は教えません。ですから、相当深い段階に入るのが難しいのです。

先程言いました、錬丹と落宝の時間帯としては、旧暦の1日、3日、13日、15日です。一日の中では、4つの時間帯になります。子の刻(23:000~1:00)、卯の刻(5:00~7:00)、午の刻(11:00~13:00)、酉の刻(17:00~19:00)です。4つの時間帯は非常に肝心であります。これらは、太陽と月からのエネルギーを取るにはいい時間帯で、効果が高くなります。

先程言いましたように、修練の方法は教えますが、原理を教えないというのが昔の中国のやり方です。元極学では、張先生がすべて公開しました。功訣までも教えています。初めて元極学を勉強しても、理論までも身に付けることができますから、中国では元極学院で「少し勉強するだけで、時間が短くても、それなりのパワーを感じることができます」とよく仏教や道教の方に言われます。

元極学の二部功法では、性と命の両方を修練します。元極の修練は、体の内部で修練すると同時に、体の表にもでてきます。感じれば外からもわかります。自然に他の人にも外からも感じることが出来ます。

道教とか、仏教とかでは、「悟り」という言葉がありますが、原理は教えません。本人に知らないうちに修練させて、そのうちに「悟れば、わかる。悟らなければ、そのまま続ける」というのが方法です。元極学では、法訣まで公開しています。

教科書の中で張先生が書かれていますが、修練というのは、全身と天地宇宙が一体となって、一緒に修練します。修真の原理としては、中身が豊富で、勉強しても勉強しても奥深いものです。タケノコの皮をむくように、むけばむくほど真のようなものが出てきます。
道を修練するのは微妙な処から修練します。微妙な処から芯(真)のようなものがでてきます。

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本日の要点を繰り返します。
一番目に「胎息」 先天に近い呼吸法。
「性と命」の修練です。体、形ある体。形のない性。それが後天と先天。合わせて修練し
ます。自分の先天と後天、形あるものと形ないものを修練します。
次に言いたいのは、人間と天との関係です。「天人合一」と言います。
自然界には24節季があります。それぞれ時期が違います。人間の体とそれぞれ対応していま
す。人間が修練するときに周りの環境、自然界との関係も忘れずに時間を選ぶわけです。
修練する時間帯は、「子」の時間と「午」の時間です。
子時間は、夜中の11時から1時まで。午時間は、昼の11時から13時まで。
夜中が陽。昼間が陰。
朝の5時から7時まで。夕方の5時から7時まで。それぞれ陰中陽と陽中陰にあわせて
ます。体も陰と陽です。時間帯も陰と陽。夜中から寝ないで朝まで修練する人もいます。
それは、間違っています。陽ばかり修練して自分の体として陰が弱い人。そんな人が陽ば
かり修練して逆に自分の陰がもっともっと弱くなる。昼間の時間修練しない。そんな形で
時間をかけて陰陽知らずにしていると効果が小さい。逆に自分の陰陽バランスを崩してしま
います。ここで強調したいのは、体のバランスをとること。理論と方法を知らずにしてい
るとアンバランスになります。おそらく仕事関係などありますので、必ずその時間に合わ
せることは出来ませんが、そういう理論、方法を知った上でそれに近い方法でやって欲し
いのです。
インドネシアは、赤道に近いところです。南の方に行くと、何となく男の方は気がゆっ
くりします。にぶい、何でも遅い。逆に女の方は働く、何でも速い。理由としては、そこ
は赤道に近い所。陽が強い所。陽が強いと女性が元気です。女性は陰中陽です。男は弱い

北方にいくと反対です。男が速い、女が弱い特徴があります。
極端ですが、暑すぎる所は陽が強すぎる。寒すぎる所は陰が強すぎる。両方とも良くな
い。バランスが合わない。何処がいいかというと真ん中あたり。四季がはっきりしている。
日本あたり。冬もあって夏もある。両方ある所。陰もあって陽もある。バランスよくな
ってます。陽の時に何を修練するか。陰に合わせて修練する。陰の寒いときに何を修練す
るか。陰陽のバランスを考えて修練する。そういうことを常に心がけて、分かった上で行
って欲しいのです。人間の体はあくまでバランスです。陰陽のバランスが合えば健康に
なります。

元極学の理論で必要なのは「天人合一」。体と自然界との関係「天人合一」という理論で
す。どういう時に何をするかは、非常に大事です。修練もそうです。時期と時間帯をみて
修練する。
修練する時に気を付けてもらいたいポイントは、竅穴を守るときにあまり強くすると返
って良くない。有るようでないような形、力を使わずに気を使う。気を使わずに意念を使
う。意念を使わずに念訣を使う。一番重要なのは念訣。意念と気と力。一番初段的な力。
集中しすぎて力を入れすぎると効果が現れない。
修練する時、竅穴が力よりも気を使う、意念を使う。それぞれ竅穴が変わりますが下の
段階では、気の流れ、気で循環させる。玄関というところから、意念を持って行く。意念を
使って玄関から心をもって竅穴に送る。気と意念と竅穴、それぞれ使う場所が違います。
意念を使わずに念訣を使うということは、雑念が発生する時に無理に雑念を払い出すと
考えると非常に難しい。意念を使わず念訣すれば自然に雑念がなくなるという意味です。
「意念を使わずに念訣する」雑念を祓い出すよりも念訣で自然に雑念がなくなるという
ことです。
修練していて変になることがあります。そうなるのは注意事項を見なかったからです。
まとめて言いますと、人間の修練は、先天と後天の考え。性と命の関係が一つめ
二つめ人間と自然界天地との関係「天人合一」 先天後天、自然界との関係の二つです

二つのことを覚えて修練する時に自分の体に無理させない。無理させない方法論を十分
覚えたうえで行って欲しい。基本を理解した上で行えば難しい問題も、簡単に身につけら
れる。先天後天、人間と天地の関係。こういうことを認めた上でやっていきます。

最後に元極図のお話をします。修練する各竅穴 前と後ろ、上下、四次元も元極図で表
現しています。陰中陽、陽中陰、皇極という形で竅穴が表現されています。元極図は有名
な普善禅師によって描かれました。真ん中の皇極がはっきりしたわけです。もっと
はるか前から太極図はありました。太極図は韓国の国旗にもなっています。それに比べて
元極図は、奥の深いものになっています。太極図は真ん中の皇極がない。元極図は、規律が
ととのっていて、太極図には結果が生まれない。元極図は陰陽があって皇極があってバラン
スがとれています。自分の体も一つの元極図です。そのことも分かった上で修練してくだ
さい。
私の知識は大ざっぱで、一つ一つ内容を見て話すのでなく雑談のような話です。具体的
には、増田先生が本を書いてらっしゃるので、その方が分かりやすいかもしれません。
今日お話した内容は、皆さん分かったかどうか分かりません。分かった分は通訳さんが
旨く訳した分で、分からなかった分は私が下手くそだったからです。と お話されました
。(笑い)
ありがとうございました。

増田
これでお二人が来日してくださった講座の最後になります。いろいろ皆さん勉強になっ
たと思います。ぜひそれを毎日の修練に生かして、なお高みを目指していただきたいと思
います。ここで いろいろ修練している訳ですがカバーしきれない所があります。例えば
時刻の問題があります。子の刻、午の刻。午の刻の修練はここで出来る。でも子の刻は非常
にやりづらい。酉の刻は出来るけど、卯の刻には皆さんと一緒にできない。ですからそう
いう所を、皆さんがご自身できちんとご自宅で補ってやって頂きたいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)

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2018年10月23日(火)新宮修練舎15:00~17:00 講演

「心印」に戻りますが、「印」とは印鑑の「印」と理解してもいいのです。「心」はこ
こにある。では、自分の印鑑を押す。自分の「心」はここにあるというふうに迷わずに信じ
込んで、「心」即ち「我」であると。「我」がもともと存在して、「心」がきれいになる
まで修練すれば、間違いなく最終的に「我」が生まれてくる。「心」が鏡のようで、後天
になれば、鏡はいつも汚れます。汚れれば人間はいつも過ちを犯します。反省するという
言葉がありますが、しかし反省してもまた過ちを犯す。というように繰り返すのが一般の
人には多いのです。でも反省する心があれば、自分の鏡をいつも磨くことになるのです。自
分の磨きによって、きれいな心になります。これは一つの一般論で、汚れて磨いて、汚れ
て拭いて。ある程度修練すると常に過ちを犯す前からそういうことを防ぐ。誤ってから反
省するのではく、過ちを犯す前から自分自身でそういうことをしないというレベルがある
わけです。過ちを犯して反省する。過ちを犯す前から心がける。どうやってできるかと言
えば、修練者では、「浄定観運心(じょう てい かん うん しん)」の一番の「浄」を心がけ
ます。自分の心をきれいな状態で保てれば、自然と悪い考えが生まれてこない。
「浄」は悪いことをしないことをしないように心がける。
そうするためには「浄」という段階で修練すると分かってきます。
増田先生の本に書いてありますように、心が安定して念訣すると自然と雑念が無くなる。
例を挙げて言いますと、静功をやるとき、形がそうなっていても、音楽が流れていても、
自分の心が他のことを考えている。雑念が生まれてくる。「家の方が、」「子供のことが、」
というような雑念が入ってくるのが普通です。そういったことが多いんです。
それを払い出すには念訣。念訣を忘れるとそうなる。十字真言を念訣すると、雑念が
だんだん減っていきます。十字真言を唱えて、竅穴を守るというやり方で静功をやらないと、
雑念が入りすぎて自分が寝てしまうとか、全然違うことを考えてしまうことになりやすいです。
同じ修練者でも人によって上達に時間がかかる、かからないということがあります。
早い人は衝関できる人。先生に言われた通りに修練する。下丹田、尾閭関を守るときは、
念訣を忘れずに竅穴をに金津玉液(三元エネルギーを含んだ唾液)を送るとしたら、
きれいにそこに送り、「観心」「念訣」「守竅」という3つを一つも忘れずにちゃんと
やればそうなります。尾閭関もそうです。尾閭関にエネルギーが貯まれば、衝関の効果
にもなります。
修練の時、時間が長いことよりも、どれくらい自分をきれいにできるかが大切です。
雑念というのは、鏡の汚れみたいなもので、汚れた「心」を持っていると、「心」と
「竅穴」が一致せず、修練の効果が無いはずです。雑念はすべて埃と考えて、本当に
きれいな「心」を持って竅穴をちゃんと守ってやると、時間に関係なく早くなります。
先天的な話で言えば、そういう「心」になって初めて人間が先天の呼吸が戻ってきます。
後天の呼吸は口と鼻でしますが、先天の呼吸は修練者には、胎息という言い方をします。
胎児の息です。毛孔竅穴で呼吸する。きれいな心でやると毛孔竅穴で静かに呼吸するように
なります。
ある人は修練すると下丹田の竅穴が感じられる。実際に竅穴でエネルギーが跳ねるとい
うのが分かってきます。それが集中力。きれいな心で雑念無く修練するとわかりやすい。
自然と後ろへ、尾閭関にエネルギーが移行するのがわかります。沢山の修練者で実際の
体験を持っています。
以前に修練するとき、てい先生の奥さんのお父さんと一緒に勉強しました。
お父さんは、静功で気持ちよかったと言いましたが、実際に確認したら、修練するときに
時々目を開けて、「家で水道の水はちゃんと閉まっているか?」という心配事があって、
また続けてやっていたら、こっちの目も開けて、「誰か入ってきたか?」というような
調子でやっていました。
こういう修練は雑念が多すぎて、修練とは言えません。いくら自分が気持ちがよいと言っ
ても、座ることで気持ちがいいというだけで、修練というレベルとは全然違います。
修練とは言えません。
元極学を勉強したいと意欲は一応あるのですが、自分は修練できずに結果的に貫頂でエ
ネルギーをもらうだけで、張先生が大連に来る度に貫頂に行きました。毎回毎回エネルギ
ーをもらって、しかし自分で自分自身のエネルギーに変えることはできないから、他人
によって他人の手伝いによって修練する形になりますが、自分自身のエネルギーを作るこ
とはできませんでした。今は亡くなっています。昔の話です。
中国でもこういう人が多いです。率直に言いますと。私の周りにもこういう人が多いで
す。
修練はしたいけど、なかなか実現できない人が多い。自分は自分で、慧心で一緒にはなっ
ていない人がたくさん存在します。一番目で「心印」の話をするのがそれなのです。修練
には「心」を無くしては何もできません。形だけになってしまいます、「心」を持ってい
ないと、修練ができない。「心」にちゃんと自分の印鑑を押して、それをいつまでも「心」
と体を一緒にさせる。そうなって初めて雑念がない。きれいな心での修練に変わります。
「心」があって竅穴を守る。音楽が耳から入り、きれいな自分になります。どれだけ
上手くできたか、それを検証する方法としては、自分の唾液がどれくらいの量出るか、ど
れほど自分の唾液が甘いかによって検証します。修練がうまくいけば、唾液が甘くなります。
「心」を使って修練すると唾液が甘くなるのです。
張先生は、お母さんから元極を教わっています。張先生の話では下丹田を修練するだけで
二年間かかりました。何よりも根本的な話は、竅穴と「心」が一緒になるということです。
これを覚えた上で、今度修練するときは「心」と竅穴が必ず一緒にということを心がけて
やります。そうやっているうちに自分の唾液が甘く感じるようになります。そういう形で
やっていると楽な気持ちになります。気分がよくなります。以上が「心印」のお話でした。

次は「信定」の話になります。信用の「信」です。これが「道」の源であり、また「功
徳」の母であるのです。「信」があって初めて「功徳」ができるという考え方です。人間の
善根と言いますが、人間の全てのいいことが、善い根はすべて「信」によって養われ、
「信」があって「善根」を養うという話です。この「信」はいったい何であるかと言うと、
認めるというか、そう思う、正しいということ、「信」は何を意味しているかと言うと、
信じること。信じないとこういうことがないのです。信じることで初めて「功徳」とか、
よいことが生まれてきます。
正しく信じることで初めて、いい念力、正しい考え、正しい行動、正しい覚悟、正しい
結果という流れになります。一番のもとが「信」であります。周りにもそういう人がいま
す。元極を勉強して、信じる人と信じない人がいます。信じない人は躊躇して、これは正
しいのか。半信半疑の人もいます。そういう信用しないと、今日はこれを学習し、明日は
またいいかと。そういう半信半疑でやると何年経っても上達できません。逆にちゃんと信
じてやっているうちに、その方が効果的には早くなります。
最初てい先生も元極学に接して勉強するときは、当時は中国でたくさんの気功の種類が
あります。人を倒すような気功。気を送れば物が動く。目で見るだけで砂を運んだり、
水をもってくるような超能力、硬気功というものがあります。友達が紹介してくれて、そう
いうのがあるよと紹介してくれたことがあります。そういうものを見て、私は全然自分の
信念を動かさず、元極オンリー、集中して勉強してきています。
なぜ私がそういう風に間違いなく元極を信じたかというと、この掛け軸に書いてあるよ
うに、私の心を以て天地に合わす。この体を以て元極に貢献すると強く思っていました。
元極学は人類に貢献をもたらすという話を非常に素晴らしいと思っています。信じた上で
勉強する。増田先生が作ったテキストがありますので、それに基づいてどんどん自分の理
論のレベルをアップさせる。元極学は一つのシステムです。理論がしっかりしていて方法
もしっかりしている。一つのシステムになっています。システムをしっかり身につければ
、全てが解決できる。最初初心者が、私がこれを勉強する目的は病気を治したい、私は長
生きしたい。私は超能力を身につけたいなど希望をもって入っているかもしれません。
しかし、そういう小さい目的をもってやると、逆にたどり着きにくい。反対の方でちゃんと信
じ込んでこういう「浄定観運信」という理論に基づいて、一つ一つ合わせて勉強していく
と、最初の小さい目的は知らないうちに達しているということになります。
理論の方が少し深すぎるかもしれませんが、言わないといけないというお話です。付け
加えてこれを説明します。「正信」正しく信じることによって、彼岸に登れます。川の向
こう側。正しく信じることによって永遠に逍遙楽をもらえます。付け加えて言いますが、
先ほど「反省」という話をしましたが、修練者は旧暦の1日、3日、13日、15日の4つの日
に、夜中の23時から1時の間で修練します。こういうときに修練する時は、「反省」の心
をもって修練します。反省すると心が楽です。反省しないと、心が何となく楽にはなれま
せん。
今度は元極功法の特徴をいくつか話します。まずは「胎息」です。毛孔竅穴を開いてす
る呼吸です。次は「性命」です。有形の体と無形の性です。これは先天、後天のことです
。十字真言によって後天から先天に戻ると書いてあります。まずは「胎息」の話をします。
これは先天の呼吸です。人間は先天で元気いっぱいで生まれてきて、だんだん成長して大
きくなり、周りと接します。六情七欲が出てきます。自然界の方でも、色々風だとか、雨
だとか、悪影響も受けて、後天に入ります。いっぱいエネルギーをもってきた先天のもの
はもう増えないので、だんだん後天によって減っていきます。後天の悪いものによって人
間が病気になったり、気分が悪くなったりということになります。後天的な影響を払い出
すには、方法論としては先天の「胎息」を探し出す。毛孔竅穴の呼吸法を身につけると、
後天から先天に帰ることになります。それで少し先天に近くなり、人間の体の病気がなく
なります。
どうやって胎息、毛孔竅穴の呼吸ができるかというと、ポイントは「念訣」と「守竅」
です。それが心と竅が一つになれば、胎息ができます。修練「静功」をやった後には歌っ
ていますが、音楽を聴いてそれが十字真言を歌っているということを忘れてはいけません
。念訣というのは、十字真言です。帯功、静功会をやるときには、いつも念訣しながらや
っていました。念訣を忘れると単に座るだけでは、エネルギー、パワーは生まれません。
いったい「胎息」、毛孔竅穴の呼吸はどういうものであるか、しつこく考えると自分の口
と鼻を閉じてやるのか。大間違いです。自分が静功をやってそういう状態に入ると、念訣
によって残ったあるものが十字真言、念訣があります。無いものは自分の雑念です。そ
うなって初めて楽な安定した体になります。そういうのが、毛孔竅穴による呼吸、「胎息」
と近いものになります。「胎息」はあくまでも状態です。こういう状態になるためには、
繰り返し言いますが、「観心」「守竅」という形でこういう状態になります。
こういう状態は修練者が求めるものでは無く、やっているうちにそうなります。
歴史上では、唐の時代に「げんしょう」という僧が、インドにいってお経をもらって
くる。西遊記で唐のお坊様がお経をもらってくる。本当の人物です。
仏教を研究する有名な大師です。
皇帝に派遣されて本をもらってくる。西の方から行きますが、途中で自分の弟子を何人かもら
いました。途中で別のお寺で修練者をみつけて、一人の修練者が何ヶ月も修練を続けてい
ました。その人が弟子入りをした。弟子が最終的に大きな修練者として成功しました。な
ぜ成功したかというと、定める能力がありました。何ヶ月間も洞窟に入って修練した経験
した経験があったから。そういう定力、定める力があったからこそ、最終的な修練になり
ます。これは実際する話です。
人はいつも前進しないといけません。先生によって引っ張られて次にいかないといけま
せん。そのお弟子さんがずっと洞窟に入って、同じことだけやっても成功しません。です
から常に前進することを忘れずにやっていきます。「こざ」と言いますが、同じことをず
っとやっていると枯れてしまいます。という言葉です。一部、二部、三部(階む、階ひと、
階ふた、階み)という形で前進するということを忘れないでやっていきます。
先ほど胎息、先天の呼吸に戻りまして、自然に自分の口と鼻の息が軽くなります。代わ
りに毛孔竅穴の呼吸が蘇ってきます。そういうときになると、気づいて欲しいのは、三門
、百会、天門。足の裏では湧泉、地門。労宮、人門。この3つを開けることも考えます。
それによって、天地、宇宙とエネルギーを交換します。

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2018年10月23日(火)新宮修練舎15:00~17:00 講演

皆様こんにちは。これから講座を始めさせて頂きます。私はここに立ちますが、先生扱いしないでください。皆さんと同級生であると共に元極学を勉強して、元極学の理論とか体験等をここで皆様の方にお話ししてきます。ここで少し見ましたが、増田先生の方がものすごく、色々なことを元極学についてたくさん書いていらっしゃることに事に気づきまして、皆様も同じように増田先生についてたくさん勉強されていると思います。私がここに立って間違った部分があれば是非ご指摘ください。

元極学の本には、たくさんのものが含まれていまして、奥深い理論として張先生が書いていらっしゃいます。それを考えるために、一つの入り口としまして歴史から入っていきます。八百年前の太一道から、だんだん発展して元極秘録になって張先生が公開する。歴史の線があります。元極学を応用するには、元極功法であります。それをまとめてわかりやすくするには、昨日お話しましたように「浄、定、観、運、真」という段取りで考えます。

たくさんの元極の先輩から、張先生からいつも教えて頂いたのは、「浄、定、観、運、真」の最も需要なのは、「観心、守竅、念訣」のこの三つが一番の基本であります。「観心」心を観るという「観心」ですが、「心」というのは、慧心の「心」であります。上の方に存在していまして、」心臓の「心」ではありません。「観心」としての方法としては、昔から言われていますが、「大乗」の方法です。

「心」の役割は体、自分と天地と一緒にコントロールしています。また「心」とは宇宙にある物事の規律であります。そして万事万物をコントロールするものであります。「心」によって万事万物が生まれます。「心」によって万事万物が変わる。「心」によって万事万物が調和するという言葉で、最後はすべてのものが全部「心」によってコントロールされます。だから、「心」は全てである。「心」によって万事万物が生まれてくる。宇宙の万事万物の運化の一番の規律である。玄関から中に一分三

寸の深さで、玄関の中に存在します。ですから心臓ではなくて、上に存在します。有形有象という言い方で言うと、この玄関から奥には松果体(松の果物と書きますが)があります。「心」が目によって反映されます。手によって反映されます。そういうときには例えば張先生の目を見ると光ります。手の方も光ります。そういうときには「心」が反映されています。有形の考えで言うと、目で存在する、手で存在すると言いますが、無形無象の考えで言うと、「心」はどこにもなく、どこにも表現できます。修練者でいうには、「慧心」であります。知恵の「慧」で巡るということになります。

先ほどは「心」の話をしましたが、次は「守竅」です。竅穴を守る。竅穴のことになりますと、「竅穴」が「心」によって開発されます。「心」と「竅穴」が一体となると非常にいいことが生まれます。

「心」を各竅穴に持っていくことによって、修練のレベル、次元が変わっていきます。「みょう」たくみという字を書きますが、「心」と「竅穴」が一緒になって竅穴が出てくると、たくみ、「みょう」のものが出てくる。何と表現したら良いかわかりませんが、非常に、さすがというような、思いになります。各竅穴、次元によって違ってきますが、たくみがそれぞれ違います。体の中の内景図が違います。竅穴はどのくらいの大きさかと言いますと、指の甲の位の形、大きさとイメージしてください。

竅穴の修練でエネルギーが蓄えられます。各竅穴によって蓄えられます。最終的に貫頂する先生、張先生がエネルギー、パワーがあるかと言うと、竅穴によってエネルギーが貯まってくる。ですから、「観心」、「守竅」、三つ目としては「念訣」。何回も繰り返して言いますが、十字真言の念訣となります。十字真言は先天の情報です。人間が生まれるまで、お母さんのお腹にいるときの十カ月の胎音に対応しています。先天の情報として、人間が先天からもってきている、天地とつなげる情報として体の方についてきます。

元極学の先祖たちが先天の情報を見つけました。子供が生まれるまでの十カ月。一ヶ月目、二ヶ月目、…とそれぞれ音が変わります。それぞれ十字真言という形で表現します。十字真言、先天のものがそろってから、十カ月経ってから、人間が初めて生まれます。生まれて目が開いて、耳が聞こえるようになります。生まれてから後天に入ります。先天のエネルギーはたっぷり充実したままで生まれて、後天に変わっていきます。

元極学で考えますと、先天のものが充実しないと、欠陥が残ります。子供が十カ月お母さんのお腹の中にいて、先天のものをいっぱいもらってから生まれてきます。日数が足りずに生まれてくると、七ヶ月、八か月で生まれてくると、先天のものが弱いです。あるいは一つまたは二つ音が足りないことがありまして、そういう子供には病気や欠陥が残ります。そういうことを知った上で、お母さん自体がしっかりして、元極学の音楽を聞いて先天のエネルギーをいっぱいもらえば、早産児ということは発生しないはずです。

元極学を学んだ方は自分の親戚や家族の方で妊娠した方、妊婦には、妊娠したら、元極学の音楽を聞かせる。流す。こういうことから先天の情報が体の方に入る。元極の音楽を聴く人間は何となく安定する。先天のエネルギーをいっぱいもらえていい子供が生まれてくる。

念訣とは情報です。情報を教える。一般の気功法は形だけを重視しますが、本当のものは教えていません。元極学は間違いなく十字真言のような訣を教えてくれます。念訣によって後天の体が先天と繋がります。念訣すればするほど、先天のものと情報交換ができて、一番の表現としては、修練しているうちに唾液が沢山出てきます。唾液が出ることでさらに自分の守っている竅穴に送る。そういうことで竅穴がはっきりできて、エネルギーが蓄えられます。修練者としては最終的に四次元まで修練して、体全部の全竅穴に開設するわけです。元極学では三環九転と言いますが、体全部の竅穴に気が流れるようになります。三部の功法に入ると、皇極ができあがります。エネルギーが自由自在に使えるようになります。

元極学の教科書に書いてあるように、無生生無無不生、有形、無形の世界になります。自分の修練によって全てのことに対して全部解釈できるという段階にあがります。自分によって全てのことがわかってきて、どう説明しても、どう解釈しても、理解できるという、本当の心を持つ人間になれます。以上まとめていったのは、強調したいのは、「観心」「守竅」「念訣」がいかに重要であるか、どれ一つ忘れて修練しても、元極とは言えません。

次は具体的に説明します。元極功法の基本の理論をお話ししましょう。一部功法では、十の章に分けて書いてあります。「心印」、「信定」、「養徳」、「正身と無明」「観訣」「念化」「悟定」「性命根本」「無人無我」人も無い、自分も無い状態ですね。「一字放光明」と10に分けてテキストには各章書いてあります。

十の部分がありますが、これからは一番と二番に絞ってお話しします。まず一番目「心印」からお話しします。「心」とは鏡。「心」は鏡のように。鏡は汚れると何も映りません。きれいに映らない。「心」をいつも鏡のようにきれいに拭くということ。よく「明鏡」という言い方をします。明るい鏡。汚れない。1寸も汚れない鏡のような「心」。これこそこういう表現で言えます。「元」は即ち「道」である。「道」即ち「我」である。「我」即ち「真」である。「真」即ち慧心の「心」であると。全体が汚れない「心」。全体が汚れなければこういうことになるはずです。

仏教の例えで一つ例を挙げて言いますが、中国の「青海省」チベットに近いところですが、タール寺という非常に有名なお寺があります。そこの昔の有名な大師、「ちゅうかば」という大師がいらっしゃいます。仏教の有名な大師です。その大師の言葉でずっとタール寺で掲げてありますが、「仏」は即ち「我」である。「我」が「仏」である。修練者のことですよ。修練者自身が「仏」になる。仏教で修練すると「仏」は「仏」、「我」は「我」ということは大間違いです。「仏」はどこに居るかというと自分の心の中に居る。修行者が最後の自分の修行によって、仏が出てくるのは、自分の「心」から出てくる。彼が言っているのは修練者イコール「仏」であるという言い方をします。その言葉は仏教では有名です。

それを取り入れて話したいのは、元極もそのように考えます。「元」は「道」である。「道」とは天地万物の理論、元であると。自分の修練によって「心」がきれいになれば、「道」は自分の「心」と一緒です。最終的には「心」にとまります。自分が修練したいのは、求めるのは「心」であります。

初心者からよく質問を受けますが、「心」とはいったいどこにあるのでしょう。元極では「内景図」と「外景図」があります。「内景図」は自分の竅穴。「外景図」は空。虚空界、太空界、・・・・とありますが、どうやってそれがわかるのか。という質問が初心者の方から多いのです。修練しないとわからないはずなのです。それでも勉強するか辞めるかという話になると、「心」というのは「我」ということを理解した上で、混沌の状態から勉強に入り、ある程度積み重ねるとだんだん分かってくるという話です。混沌からおきて最終的には明白に変わります。

指定行脚元極功, 天地, 日之本元極, 気功教室, 神界, 高山

これに先立ち、2月の初めに、韓国へ行くように命じられました。

マスダ
今度我々が韓国へ行くと、日本の領土が拡がるとのことでしたが、其れは実現しますか?

武内宿禰
我々が あなた方に期待していることは 過去の歴史の目的を達成させることでは無く
あなたがたが、我々が過去に歩いた道を 同じように歩くことです。

あなたがたが、我々が過去に歩いた道を歩くこと、そのことによって あなた方の次の道を明らかにしていくことです。

ですから、過去の目的をあなたがたが歩くことで、達成するというものではありません。
国際問題は、ますます困難を極めて、複雑性を増していきます。その事柄が解決していくものではありません。

あなた方が韓国に行くことで、日本の国土が拡がって行くということはありません。
あなたがたの組織が、その国土の拡大以上に 拡大して行くことになります。

あなた方の組織「日之本元極」が世界に拡がって 世界中の信頼を得て、世界で活躍していくことが、起こってきます。
それは国土の拡大というよりは、もっと広い意味での経済効果を生み出します。

大きな日本の重要な柱となることを 知らせておきます。

伝えておきます。
あなたがたの組織を拡大して行くということが、領土の拡大ということにつながり、
あなたがたが 活躍するということが 次の世につながっていくということなのです。

マスダ
過去の人が歩いた道を 我々が 歩くということの意味が分からない。

武内宿禰
過去に私・武内宿禰と神功皇后が歩いたときにも 成果を上げたわけでは無くて、日本全土を逃げ回った過去があります。

マスダ
あまり成功を成し遂げたわけでは無いのに、我々もまた、同じ道を歩けということの意味が分からない。
なぜ、歩く必要があるのですか?
それをまた、同じように引き継ぐのですか?

武内宿禰
過去の者が 歩いた道を
また、再び歩くことが、あなたがたの発展につながっていく事を伝えておきます。
過去の歴史を乗り越えて、そのことが そのまま 形を変えて あなた方に起きるのでは無く、
其れを克服していくと あなた方の発展がそこに見えてきます。

これまでにも、あなたがたは 二人の過去に生きた 神々の足跡をたどってきました。
そのことによって、過去の力を今に蓄えてきたわけです。

あなたが歩く道に 過去に生きた者たちの力を 添えてもらいます。
あなたが歩く道に、この力をプラスして歩くことが、力強い味方になります。

さまざまな 過去の足跡を あなた方は歩いてきました。
空海も その一人です。
過去に使った力を あなたは頂いて生きています。
そして、その過去に使った力を使って、さらに多くの人々を幸せにします。

ここで、武内宿禰が持っていた 聡明な作戦の力・参謀としての能力をあなたは、手にすることになります。
勇敢に戦う力と聡明な能力によって、権力を動かす力をあなたは、手の内にします。

歴史に学ぶということは、まさに 過去に歩いた者たちの足跡を歩くことです。
そして、その時に使った知恵と、力と、深謀遠慮による作戦、そういう力をすべて 手にすることになります。

過去に あなたは、様々な力を このようにして手にして 蓄えてきました。
歴史の中の一部だけを切り取って 裕福では無いとか などと思わないことです。

悪い出来事は消されて、良いことは拡がって、次の世界につながっていくということが
歴史に学ぶということの 神髄だということを 伝えておきます。

そういう観点で 今後もお話をしております。武之内宿禰です。

 

マスダ
韓国になぜ、行かなければならないのか? ********

韓国情勢、日本との関係、国際的な関係などについて、何らかの変化が起きてきます。

神功皇后と武内宿禰の足跡を歩くわけですから、其れはそれなりの意味があります。
あなたがたに、わざわざ韓国に行ってもらい、我々もついて行くのですから、それなりの結果が伴います。
似たような出来事が起きるという結果になります。

日本が韓国を征伐するために
武之内宿禰が韓国に行った この歴史上の出来事が、形を変えて訪れます。

ただし、今の日本の情勢は、あまりよくありません。
日本が発展するとも言い切れません。
しかし、あなた方の組織が良き発展をすることは お伝えしておきます。

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我々は、このことを存じておりましたので、本日こうして来てくださり、
あなた方の配下になることを 我々は待ち望んでいたのです。
今日のために 朝鮮征伐は計画されたことなのです。
われわれは、歴史を結末を知っておりましたから、
あなたがたが韓国に来てくださいましたこと、歓迎しています。

韓国の者たちの多くは、配下に入る役割を持つ者たちです。
従属して働くことを役割として生まれてきた者です。
もとより、あなた方の配下として働くための役割を持ちます。

決して、努力しないわけでも無く 能力が無いわけでもありません。
しかし、配下で働くことを目的に天命を頂いています。

われわれは、あなた方の配下になると言っています。
日本の配下になるとは申し上げていません。

****神功皇后たちの朝鮮征伐に出かけたその後のことが
判りませんが、征伐に出かけた後どのようになったのですか?

神功皇后

韓国は成敗された という形にしていますが、
すべてを成敗して納めたわけではありません。
大きなあらそいを好まなかった韓国の兵は、
このまま国境を守るということを 選択してきました。
国境を守るだけでも われわれはよしとしました。

制圧することが目的ではありませんでした。
いずれ、あなた方が来てくださるときに、
配下になるように 約束して我々は帰ったのです。

あなたがたが今回来て下さいましたことをきっかけとして、
われわれは配下に入ることをお約束します。

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2月の末に韓国に行きました。
増田が 韓国に着いたとたんに、めまいがして 
胃腸の調子が悪くなり、
咳が出て体調が 突然悪化したのです。
これはどうしてでしょうか?

本格的に 手当たり次第に かつ迅速に 混乱の極みに 達します。

世相が、これまでの平穏な状態とは全く違っていて、
坂を転がり落ちるように 急激に変化します。
悪化します。
あなた方に伝えてきたこれまでは、

まもなくはまもなくではなく、
これからはこれからではなく、
今からは今では無かったのですが、
今後の時の流れは 全く異なることになります。

あなたの身体に 異変が突然が始まったように、
増田がこの国に来たときから この国の崩壊が始まりました。
さらに、日本の崩壊も すぐさま始まります。

日本の 極悪な崩壊が始まり、其れが引き金となって 

世界中の崩壊が始まります。
あなたがたの 知り合いの中にも 
その渦の中に流される者たちもいます。
世界の大恐慌を招きます。

ーーーーー韓国の神様方からーーーーーー

領土、国をわかつことに 大きな意味がありました。
ですから、この領土の境界線を犯すことはしてはならなかったのです。
ところが神々の大きな計画によって、
日本は我々の国・韓国を 配下に納めて、
そして、神の命によって 我々の国、民は 日本の配下となりました。
それは、よもや 今、あなたがたが来てくださることのために、
計画されたことだったとは、誰にも判らぬ事だったのです。

場の善し悪し三韓征伐, 修練, 元極功, 壱岐, 対馬, 日之本元極, 武内宿禰, 気功教室, 蓮花山, 高山

我々がこの島を去るときが来たことも そのひとつです。

さらにこの島は 悪い場になります。
この島にいる 神々は 終末の時に仕事をする神々が 配置されて 

この時を待っていたのです。

その時が来たので あなた方について お手伝いをします。

なぜ、この地に Tさんを呼んだのか 教えてください。

かれもまた、終末の時を刻む仕事をします。
かれは極めて重要な仕事をします。
若い世代の人たちに仕事を移していく大事な仕事をします。

この島の神々、対馬にいた神々 韓国の神々 世界中の神々が 

終末の時に働く神々は目覚めて、働き始めます。

終末の時に発展して働くことになる「あなた方の組織」もまた、

大きく変化していくことになります。
世の中が縮小していくと、
あなた方の組織は発展していくことになります。

そういう役割が あなた方にはあるのです。
今後のご健闘をお祈りします。

場の善し悪し中国, 元極功, 対馬, 日之本元極, 武内宿禰, 気功法, 神功皇后, 釜山, 韓国, 高山

神から次のような指令が立て続けに出されました。

1.対馬に行く
2.韓国に上陸しなさい
3.壱岐の島に行って、
その後、福岡に戻りなさい

これを実行する為、1月の下旬に、対馬に行き、
2月25、26日と釜山に行き、その帰りに壱岐に寄って、

福岡に戻りました。
その間に中国への海外出張、特別講座や他の出張なども
たびたびあり、苦しいスケジュールでした。

よくよく聞いてみると、この行程は、神功皇后、武内宿禰による

「三韓征伐の再形示し」と言うではありませんか。

実際に行って感じてみると
対馬はとてものびのびとして、気持ちのいい場でした。
しかし、壱岐に来ると
この島の場は、あまりよくありません。
「これはどうしてですか?」
とお聞きしてみました。

この島は終末の時を刻むために用意された島です。
ですから、終末の時の仕事をする者たちが、

ココに大勢住まいしておりました。

その神々を連れ帰るのが あなた方の仕事です。
あなたがたは、武内宿禰と神功皇后の足跡を歩いたのですが、

其れによって、終末の時のカウントダウンが始まったのです。
この島の神社にいる 神々たちが すべて去って 
あなた方の元に参ります。
あなたがたの手伝いをいたします。
あなた方が来てくださいましたことによって 
数々のことがらの フタが明けられました。