しあわせ
高橋秀実さんが、書評の中で次のようなことを書いている。
「しあわせ」というと、もっぱら「幸せ」や「幸福」などの漢字が当てられるが、それは間違っていると私は思う。
国語辞典にもあるように、「しあわせ」は「仕合わせ」。
つまり事の善し悪しにかかわらず、巡り合わせを意味しているのである。
例えば、「しあわせだなぁ」とつぶやくのは、ただ単に生きながらえていること
(「幸」の原意)やもたらされた福を喜んでいるわけではなく、
巡り合わせを享受している。
極端に言うなら、幸か不幸かわからないが、あなたに出会えてよ
かった、と巡り会いに感謝しているのである。
「我が意を得たり」である。
加えて言えば、「仕」の意味は「仕度」という使い方のように、既に用意された出会いであることが多い。
誰が用意したのかは、あなたのご推察の通りである。
そのことに留まらず、「仕合わせ」の「仕」は、文語の「す」であり、
サ行変格活用で「し」となり、自分で「する」ことで、「あう」ことになることも可能なのだ。
つまり、既に用意されているものであるにもかかわらず、自らの努力で出会いは変わっていくものであるのだ。
でも神様によると、本当の「しあわせ」は、「死会わせ」なんだそうだ。
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