ピカソ展(8) 国立新美術館、サントリー美術館、名古屋市美術館
自身の絵画について、ピカソ談の続きです。
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顕在意識自体は、むしろ萎えていきました。顕在意識は、体力と共に萎えていきましたから、もっと、公平に多くのものをきちんと書きたいという要求を持っていたのです。
しかしながら、私の他の意識たちが、もっと、ほとばしるようなエネルギーに満ちた絵を描きたい。と言い始めたのです。
そのことによって、わたしは、他の意識の情報からエネルギーを与えられて、絵画として成功させました。絵画としては、事物や、事象が元々持つ波動をそのキャンバスに表すそのことに専念しました。
自分に意識がありながら、そこにないような感覚で、私は描き続けました。そこにエネルギーの存在を書いたつもりです。そして、魂の叫びを何気なく表現しました。詳細に写実的に物事を写して書くという絵画では、決してありませんでした。
人々は、私の絵を抽象画だといっています。しかし、厳密に言うならば、それは抽象画ではなく、無形のモノを写し取った、しかも、詳細に写し取ったいや移し取った結果であることを伝えておきます。決して、私の意のままに描いたのではありません。無形のモノを忠実に写し取ったその結果が、受け取る方々にとって抽象画になったのです。
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(続く)
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